人類が歩んだ痛みの治療の歴史

こんにちは、ライターの三上幸大です。
今回は意外と知る機会の少ない、痛みの治療の歴史についてチェックしてみましょう!
痛みの治療の歴史は人類の歴史といっても過言ではないほど、古くから人類は痛みに向き合ってきました。
私が知り得た限りではありますが、人類は痛みの治療をどのように行い、現代につながってきたのか紹介します!昔覚えた世界史や日本史の記憶を引っ張り出しながら読んでみてください!

それでは、早速いってみましょう!

痛みの治療の歴史

紀元前50世紀
・中国
古代の鍼

紀元前30世紀
・シュメール人(粘土板の記録)
アヘン・マンドレーク・ヒヨスを鎮痛薬として使っていた。
※アヘン≒ケシ(メソポタミアにいたシュメール人が最も古くケシを栽培していたと考えられている。)

紀元前27世紀
・エジプト
Imhotep(エジプト第3王朝の医神)が痛みの治療も行っていたといわれる。

紀元前23世紀
・古代バビロニア
ヒヨスの実と乳香を混ぜたものを虫歯に詰めて歯痛治療を行っていた。

紀元前18世紀
・ハンムラビ法典(世界最古の成文法)
医療行為の報酬や医療過誤の罰則などの規定が明記されている。目には目を、歯には歯をのやつですね。
※バビロニア人は、痛みを伴う病気は全て罪の報いで、悪魔あるいは、魔神の呪いと見なしていたそうです…。

紀元前17世紀
・エジプト
パピルス(古文書)
骨折に対する副木の当て方や包帯固定を行っていた。また、頸部の右側を損傷すると左側の手足が動かなくなるとの記載もあった。

紀元前9世紀
・ギリシャ
アヘンの鎮痛作用について記載されている

紀元前4世紀
・ヒポクラテスの誓い(あのヒポクラテス先生です)
セイヨウシロヤナギの樹皮を発熱やリウマチに使っていたようです。葉の煎じ薬を陣痛の緩和に推奨していたとのことです。

紀元前1世紀
・Julius Caesar(古代ローマの有名人ですね)
痛風や頭痛の鎮痛法としてシビレエイを利用していたようです。

1世紀
・Scribonius Largus(ローマの医師)
著書 De compositionibus medicamentorum
「痛風の痛みには、生きた黒シビレエイを海岸お波打ち際に置いて、その上に立ち、痺れが膝まで及ぶのを待つ。慢性の耐え難い頭痛があるときには、痛みを感じる場所に生きた黒シビレエイを置き、痛みが消えるのを待つ。」

2世紀
・Galenus(ローマ時代の名医)
アヘンを頭痛、痙攣、疝痛、発熱などの治療に使用していた。しかし、それを危険な薬物とみなしていたので、強力な催眠鎮痛薬として注意して使うように指導。

・華佗(後漢末期の医師)
世界で最初に麻酔をして、開胸手術や頭蓋切開を行なったといわれる。麻沸散を酒と一緒に飲ませて麻酔したとのこと。

7世紀
・日本(奈良時代)
大宝律令で日本で最初の医療制度(一般医療と鍼灸の専門科)が制定され、鍼灸が国家の医
療として確立した。



16世紀
・フランス
マンドレークの過量投与による事故が絶えなかったので、マンドレークによる全身麻酔はイギリスでも廃れた様子。フランスでは、アルコール飲料を飲ませて酔わせる方法、あるいは、頸動脈の圧迫が行われた。

1713年
貝原益軒(著:養生訓)
「毎日少しずつ労働するのがよい。長く座ってはいけない。食後の散歩は必要で、庭の中を数百歩静かに歩くだけでよい。雨の日には室内を幾度も歩くがよい。こうして日々朝晩運動すれば、鍼・灸を使わないでも、飲食は進み血気の滞理なく病なし。鍼・灸をして熱い思いや痛みに耐えるよりも、軽い運動をすれば、痛い思いをせずして楽に健康を保持することができる。」
※この貝原益軒という方は超有名人ですが、なんといってもこの養生訓の内容は凄まじいものです。現在の慢性痛診療ガイドラインにも通ずるものがあります。また、WHOも警鐘を鳴らし始めた「座位行動」にも触れている点が恐ろしいほどです。

1897年
・バイエル社(ドイツ)
アスピリンの合成に成功。

1901年
・Sicard(フランス)とCathelin(フランス)
仙骨裂孔にコカインを注入し、硬膜外麻酔を臨床応用した。

1953年
・McNeil(製薬会社@Pennsylvania)
アセトアミノフェンを発売

1961年
・イギリス
イブプロフェンを合成。

1960年代
・下地恒毅ら
脊髄刺激(経皮的硬膜外電極)による慢性疼痛の治療を行なった。

歴史の授業お疲れ様でした。笑
なんと紀元前50世紀から痛み治療として鍼を使っていたことが、現代でも知られているとは。ちなみに鍼は、現代でも慢性痛に対する治療効果が期待されている方法ですね。
また、貝原益軒には脱帽です。現代の痛みの管理・対応の要素をすでに実践されていたのですから。慢性痛の場合、物理療法や徒手療法など患者が受動的になりやすい治療ではなく、患者自身が痛みを理解し向き合っていく、患者参加型の医療が重要視されています。なかでも運動療法は高いエビデンスを持ち、慢性痛に対する最も重要な治療方法の一つとされています。私は、患者に貝原益軒の養生論を紹介することもありますが、昔の人が言ったことなら聞き入れる人達には有効なツールかもしれません。

痛みの治療の歴史は、人類史と同じくらい深みのあるもので、それぞれの時代にいろんな治療が行われ、現代に至っているんだなーと感じさせてくれますね。

先人達に感謝です。

さてもう一つだけ、お付き合いください!

 

痛みの捉え方の歴史

前回、国際疼痛学会による痛みの定義を紹介しました。
あれは、言うなれば現代における痛みの捉え方。組織損傷だけに目を奪われず、心理社会的な要素にも目を向けようという内容でしたね。

さて、昔の人達は、痛みをどのようなものとして捉えていたのだろう。
気になりますね。

それでは、痛みの捉え方の歴史をいってみましょう!

紀元前5世紀
・デモクリトス(古代ギリシアの哲学者、原子論)
「体の孔や血管に元素の粒子が侵入して、心が目覚めると感覚が起こる。鋭い鉤を持った粒子が体に侵入して激しく動き、心の分子の静けさをかき乱すと痛みが起こる。」

紀元前4世紀
アリストテレス(古代ギリシアの哲学者、万学の祖
「感覚の起源は心臓にあり、知覚の波が血管に沿って心臓に伝わるが、それが激しいときは痛いという情緒が生じると説明。痛みは感覚でなく(五感【視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚】)、生理的な反応によって引き起こされる不快や苦しみの情動として捉えた。

紀元前3世紀
・ヘロフィス(ギリシャの生物学者、医師)
「人体解剖をはじめて公開で行い、脳が知能の座として、アリストテレスの心臓説を退けた。脳は運動と感覚を仲介し、感覚神経と運動神経を区別した。各脳室について記載した。

紀元前2世紀
・ガレン(ローマ時代の医師)
「痛みは末梢神経によって伝えられ、末梢神経が中等度に刺激されると快い感覚を生じ、それが強く刺激されると痛みが起こると説明した。

1641年
・デカルト(フランス、近世哲学の祖)
「心身二元論」を推し進め、身体を機械として扱う思想を根付かせた。
「身体機械論」により、痛みが科学的に捉えられるようになった。
「著:省察(1641年)」の中で、幻肢痛について記載した。
「著:人間論(1662年)」の中で、痛みの反射の概念を説明。

1764年
・コトゥーニョ(イタリア、医師)
著書に坐骨神経痛の記載(坐骨神経の走行と一致する痛みの記載)をした。

1895年
・フォンフレイ(Freyの特殊説で有名ですね)
皮膚の感覚点の温点、冷点、圧点、痛点をみつけ「皮膚の痛みは、痛点を刺激したときにだけ起こる。」とし、痛みは独立した感覚であることが認められた。

時代によって痛みの捉え方が変わっていったことが感じられました。
なかでもアリストテレスは圧巻ですね。心理社会的要因を当時から視野に入れており、痛みと情動を関連させて考えられていたようです。現代のいたみの捉え方となんら遜色ないといっても過言ではないでしょう。

 

いかがでしたでしょうか。
今回は痛みの治療の歴史と捉え方の歴史を紹介しました。
痛みの勉強をしていても、こういった歴史に触れることはあまりなかったのではないでしょうか。

今回の痛みに関する歴史が、皆さんの痛みの学習意欲を高められたら幸いです!
歴史の授業、みなさんお疲れ様でした!

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三上幸大

三上幸大

理学療法士/総合病院でICUや術後理学療法を経験後、整形外科クリニック、訪問を経験。「慢性の痛みに関する教育プログラム」を履修@山口大学/痛みの学習をしたいセラピスト向けに、痛みに関する知識や情報をお伝えします。

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三上幸大

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